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【30】オリジナル小説「給食」
「たけしくん」
唐突に呼び止められた気がした。いや、たしかにおきた君が、僕を呼ぶ声が聴こえたのだ。え、ぼくはたけしくんじゃないって?そんなのどうでもいいじゃないか。給食の配膳列に並ぶ僕は、とにかく振り返ったんだ。
が、そう呼んだはずの声の主はいない。ぼくが振り返るのが遅かっただと—-?「いつも音速で振り返るたけし」と言われていた僕が?
誰かが小銭を落とす音を奏でたとき、いつも一番に振り返るのは僕だ。首の骨を置き去りにしたその目は、一瞬で「5円か、10円か、はたまた500円か」を識別する。そして、他の子が振り返ったとき、僕の口はすでに「5円だったよ、残念」と滑っている。
失礼。おきた君の話に戻ろう。とにかく僕は音速で動ける。
なぜ、おきた君はその場から消えたのか—–?
それは誰にもわからない。ぼくが音速で振り向く男なのだから、
彼はそれを超える速度
—–英語では「velocity (べろぉしてぃ~🐱)」というが
—–これはただ英単語を披露したいだけだが
—–とどのつまり、光速。
そう、おきた君は光の速度で移動していたのだ。その速度は、1秒で地球を7周半。田舎のおじさんが日本酒を1杯あけるスピードより速い。
「ンァッ」
瞬間、僕は前を向き直した。悪寒を感じながら。
そう、おきた君は僕の「前」に並んでいた。
ばかな。
こいつ、いつの間に光速で動けるようになったんだ。文系のくせに。俺ですらまだ音速でしか動けないというのに。音速で動く僕を見て、近所のおばさまたちは拍手喝采したものだった。
が、そんなことを考えているうちに。おきた君の口が動いた。
「ちょっと多目にちょうだい」
やられた!今日の献立、「カレー」のルー。彼は多目を注文したのだ。しかもこのギリギリのライン。
配膳係のみなみ君が、
「ウーン、どうしようかな、まあおきた君で多目にすくうのを最後にすれば足りるか」
と考えるほどのギリギリ。無論、ぼくには「多目にちょうだい」という権利はない。みなみ君は「ゴメソ、もうなくなっちゃうから」といって普通の分量をよそうだけだ。
ちっ…やられた。次は負けねえ。
ぼくの戦いはつづく。