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【53】(オリジナル小説)からあげ
それは、ほんの些細なきっかけだった。
「今日はからあげよ!」
「おひょ~、そりゃ最高だねぇ!!」
僕の彼女は料理がうまい。お世辞じゃあない。それはもうタイ料理からアゼルバイジャン料理まで、あらゆるジャンルをタイヤメーカーに勤めていた母親から教え込まれたそうだ。今日はなんと からあげ。まさに料理の最高峰、気分はエベレスト超えて大気圏、といったところか。
「じゃあ、いただきやーす!」
「どうぞめしあが…え?」
「え?」
彼女は自身が作ったからあげを見て固まっている。おそらくやわらかく、サクサクジュワジュワであろう からあげとはあまりに正反対、まるでテトラポットのような固さだった。予想だにしていなかった大きな波を、港町育ちの彼女はなんとかして跳ね返そうとしていたようだった。
「なんでマヨネーズなの???」
「ああ、なんだそんなことか。マヨネーズをかけてもおいしいんだよ、からあげって…」
「何言ってるの!?そのまま食ったほうが食材のうまみがそのまま出るじゃない!何もかけずに食えや!」
うわ、メンドクセエ。なんだこいつ、原理主義者かよ。「コーランに書いてあることが全てなのよ」とかいうタイプか?なんか急に口悪いし。だっる~。
「はいはい、わかったわかった…」
それから、からあげが出てくることはなくなった。そして、日に日に僕たちの関係は悪化した。
結局、1ヶ月後に彼女の作ったアルゼンチン料理に「マズッ」とこぼしてしまったのがきっかけで、ぼくらは別れることになった。料理も言葉も、こぼしてしまってはダメというわけだ。嗚呼、自分でも何を言ってるのかわからなくなってきた。
「はぁ…久しぶりにからあげ食いてえ。僕の行ったことない、遠い町のからあげを」
ただただ、からあげを食いたかった。ぼくの大好きだったあの揚げ物を、自分の知らない町で。
「チッ、どこも食べログばっか検索結果に出てくるな。もっと詳しく…オ?」
「ケンチェラーラ?なんだこのロードレーサーみたいな名前…」
「インスタフォローで100g増量が無料!? すごすぎる…場所は三重県か!ちょうどいい、行ったことないけど行ってみるか!『富や』ってとこだな!」
1人、車を走らせた。からあげが、僕を呼んでいる。詳細に書かれているブログの情報をたよりに、一路 三重へ向かう。涙で濡れた頬は、到着した頃には渇き切っていた。
「インスタ、フォローしました!」
しばらくして、100g増量したドデカイからあげたちが出てきた。
気づいたら、口に運んでいた。それはもう、本能だ。からあげグランプリを受賞したらしいそのからあげの前で、「待つ」などできるはずもなかった。
自分が猫舌であるということを思い出したのは、一心不乱に食べきったあとの、帰りの車中だった。